10
どこか遠い埠頭か、それとも港近くの製油所からの整備音か、
カーンコーンと金属管を叩くような乾いた音が届く。
からりと晴れた秋空は空の底が見えぬほど高く、
潮風に乗ったように滑空する海鳥の影が、
古びた埠頭で諍う人々をそれぞれ一瞬だけ塗りつぶし、
あっという間にさあと翔ってゆく。
そんな遠くからの干渉になぞ目もくれず、
急転直下の窮地に怯える男らが、必死で身を護るための攻勢を繰り広げており。
其方側の方が圧倒的に多勢だというに、
死神に魅入られた不幸を何としてでも振り払いたいか、
たった二人の魔人を相手に、なりふり構わぬ攻勢を繰り広げておいで。
それへと相対するは、
「いい加減 諦めればいいのに。」
降伏するという選択はないのか それとも麻痺して思いつけないかと、
呆れ半分に呟いた女性は、一見するとそれは淑やかそうな風貌で。
若々しくも瑞々しい美貌は、知性という名の気品を灯してそれは奥深く。
柔らかそうな甘い深色のくせっ毛が
潮風にもてあそばれては頬に貼りつくのへ時折イラっと眉を寄せるものの、
「…っ!」
視野の中、何か気配が影が掠めたと察知するや否や、
そこへと照準を合わせつつ、それへの対処としての所作動作へ
若々しい腕が足が、柔軟な肢体総てが、それはなめらかに連動を見せる鮮やかさよ。
視野に入った相手の輪郭へ、そこまでの距離や角度を一瞬で微調整していて、
慣れぬスカートの下、ストッキングとやらまでは穿かぬしなやかな脚をぐいと折り曲げ、
女性向けのスリムなジャケットの中、
腰や背条を、射撃後の反動により撓らせるあそびを含めて身構えて。
伸ばした腕の先には、セオリーにのっとった両手持ちで構えたS&W。
たたん・ぱんと 撃つたびに軽い反動で浮き上がる銃口を難なくいなしつつ、
間断のない連射を披露しては、華麗なワンアクションでグリップ部分のマガジンを交換し、
「…っ、甘い甘い。」
特に打ち合わせなんざしちゃあいなかろう、
他所の手勢が突出して餌食になったのを時間稼ぎと勝手に把握し、
隙を突いて後背から接近を図った別口の数人へも、
振り向きざま、不公平なく銃弾をくれてやる。
装填しているのは357マグナムで、
相方の異能が遠当て攻撃型なのを警戒してだろう、なかなか寄っては来ないため、
依然としてどいつもこいつも距離がある。
そんな相手への足止めでいいなら これで十分というところで、
“本来は一撃必中の弾丸だしねぇ。”
至近であるなら必殺の弾丸でもあるので、結構な弾圧があるが、
基本姿勢が守られていれば、反発を逃がすのは慣れがフォローして大丈夫。
かつてのマフィアだった時分ならともかく、
近日の自分はどちらかといや頭脳労働中心で、
まれに単独行をやらかす折は
しょうことなく自分の身は守らにゃならぬと荒事にも手を出すが、
“此処までの活劇は久々なのだがね。”
一旦身についた身ごなしやら勘というものは 結構擦り減らないものなのか、
それとも、まだ20代という若さゆえの柔軟さからか。
身近へ迫る殺意や危険の気配を察知し、
身を躱す、はたまた粉砕してゆくのに必要な鋭敏な感応は冴えたままだったようで。
出たとこ勝負かなと実は少々案じていた太宰だったが、
十分すぎるほど対応できている現状に、こそりと胸を撫で下ろしている。
見たもの聞いたもの、いちいち噛み砕いて把握する暇も惜しいとばかり、
体が手足がもはや脊髄反射で勝手に動いて居るのは、連れの青年も同じこと。
いやさ、彼の場合は現役の武闘派だけに、
だからこそこうして多数の怨嗟を買うほど、その攻撃の火力は凄まじく。
「……。」
秋の陽射しに照らされた白い顔は、
ビスクドールも顔負けなほどそりゃあ品よく端正で。
しかもしかも、
あまりの集中に表情筋が凍りついたか、何の感情も乗ってはないままなのが、
ますますと作り物めいての、ただただ酷薄そうな存在にしか見えず。
とはいえ、身動きには一片の支障もないようで、
「…っ。」
ぶんっと振り抜いた腕の先、キレのある所作で白い手をかざせば、
潮風を孕みその裳裾が大きく広がった外套が織りなす黒獣が
槍のような鋭さもて宙を自在に滑空し。
一斉に掛かれば多勢に無勢で押し勝てようぞなどという、
子供の喧嘩レベルの甘い考えで突っ込んで来た有象無象を、
頭上を通過した海鳥の陰のよに、あっという間の明暗の交差であっさり薙ぎ払い。
砂利が剥き出しにまでなった傷んだセメントの地べたへ無造作に頽れ散らかす無慈悲さよ。
それが常の構え、外套の衣嚢へ両手を入れたまま、
軽く前傾姿勢になってのぐんと一歩を踏み出し、
そのまま素早く…元は車止めだったか、路肩の縁石を踏み切ると、
高々と跳ね上がった青年の、恐ろしいほどの身軽さよ。
異能の“黒獣”に物理は任せっきりでもないらしく、
今時には珍しいほどかっちりとしたデザインの外套が、
実はこれほどまでも機能的かと驚かされるほど。
戦闘服や作業着ばりに着こなしてのこと、
それは自在に動いて見せた、クール・ビューティさんであり。
「な…っ。」
「…っ!」
文字通りの あっと言う間もなく。
あと少しという傍まで、息をひそめるようにしてにじり寄ってた
ゴロツキどもの前へと立ちはだかると、
両手で包み込むように銃を構えたままな、
銃撃直後であるがため ある意味 隙もあろう師の姿、
さぁっと上から黒獣が楯となって匿う連動の鮮やかさよ。
しかもそのまま、這いつくばって気配を消すことに集中していた船虫たちを、
…羅生門、早蕨
低く呟いた途端に。
セメントのあちこちからその鋭い切っ先を覗かせた真っ黒な異能が、
疾風のような速さで標的へ四方八方から襲い掛かって貫き通す恐ろしさ。
「ぎゃあっ!」
「ひあぁぁっっ!!」
逃げ場のない攻勢に食い散らかされ、人事不省となってその場へ頽れる輩らを、
見苦しい塵でも扱うように、黒獣の先で絡め捕り、
埠頭の隅、テトラポッドが詰まれた波打ち際へぽいと無造作に放り込む徹底ぶりで。
頭数の対比と真逆な按配、
たった二人しかいない側が圧倒的優勢なまま勝敗が決しようとしている
そんな悪夢のような現場へ、
何の警戒もないままにするすると、流れ込むように乗り付けた一台の車があり。
「芥川の羅生門を封じてないんだ、勝ち目はねぇな。」
微妙な結果というか。おまけつきというか、
十代の女の子ひとり確保するのに随分な すったもんだがあってののちに、
何とか駆け付けた、とんだプレゼンの場となっていた此方では、
自分たちという隠し玉が到着せずともなかなかに圧倒している戦況な様子だとあっさり看破し、
そうと見極め、愉快愉快と笑っておいでの兄様へ、
「中也さん、そんな感心してないで。」
自分の教え子の晴れ舞台を満足げに眺める監督じゃないんだからと、
いやに細かく例えた敦に促され、
中也が苦笑交じりに視線をやったのは、
先程 別な港のスラムで逃げ回っていたのをとっ捕まえた異能者で。
これでも色々配慮して手加減しております、
痛くはないよう まずは柔らかい緩衝剤で簀巻きにしてからロープで縛り上げたお嬢さんを、
後部座席へシートベルトにて固定して、此処までを運んできた彼らであり。
この段取りのためにと借りた、コンバーチブルのルーフがようやっと全開となり、
そんな車中を掻き回す潮風に、愛用の帽子の下、茜色の髪を遊ばせながら、
白い耳朶へと装着した片耳だけのヘッドフォンもどき、
携帯端末と接続したインカムに人差し指を軽く当て、楽しそうな声を掛ける。
「青鯖、待たせたな。女装もどきを解くカギ持って来てやったぜ。」
すると、受信用にとセットしたカーオーディオからこぼれてくるのは
風が巻く音をBGMにした、ちょっとはしゃぎ気味な女性の声。
【なになに、キミらまで別嬪さんになってないかい?】
甘いアルトという声音は、太宰嬢のそれだと聞き分けられたものの、
開口一番、そんな言いようが飛び出したものだから、
え"と驚き、反射的に自分の胸元囲うように上体を抱きしめた敦の隣で、
「うっせぇなっ、余計な世話だっ 」
車に積んであった外套は敦に貸した中也が、それは威勢よくがなったが、
それも想定内だったものか相手はちいとも動じていないらしく、
【艶姿、もっと近くで観たかったなぁ。】
しゃあしゃあとそんな感慨を届けてくる執拗さよ。
というのも、こちらの二人とも どちらかといや細身であったというに、
敦の側は、日頃着ている白シャツが
今にもぱかりと左右に割れそうなほどボリュームのある胸元が出現していたし、
まだまだ幼げだったお顔も、ますますと甘くまろやかな造作へと転変している。
中也の方も、追い詰めた最後の最後、
逃げ延びたい一心からだろ、異能者のお嬢さんにタッチされたがため、
帽子も衣紋もそのままながら、それは艶やかな女傑に変貌を遂げており。
もともと美貌の君だったものが、
目ヂカラの強かった双眸は婀娜っぽくも涼やかなそれとなり、
白雪のような頬に 紅も引かぬのにバラの花弁もかくやという瑞々しい唇、
意味深なチョーカーが巻かれた華奢な首に、
やはりメリハリのある肢体が、ナイフのホルスターを提げている黒革のベルトに絞られて
微妙に窮屈そうなのが、見ようによっちゃあ倒錯的というか妖しげで。
此処へと乗り付けるまでの道中も、信号待ちなどのたびに周囲の車のドライバーたちから注目され、
見惚れてか発進のタイミングがずれた結果だろう、
ずっと後方で原因不明の渋滞が捲き起こっていたらしいほど。
“っていうか、
太宰さんてばホントにこちらが見えてるのかなぁ。”
結構な距離があるから詳細までは判りっこないのになぁ。
この車は出先で乗り換えた、しかもレンタカーだから
隠し撮りのカメラとか付けられっこないしな。
ああでも。太宰さんなら、
僕らの携帯のカメラとか、この車の車載カメラとか
電網でつながっているものならば、易々と遠隔操作できそうかなぁ、なんて。
日頃の怠惰極まりない“人間失格”ぶりをすっかり忘れ、
窮地になればなるほど頼もしい、
隠し玉満載な先輩教育係さんをどんだけ万能だと思っている虎の子くんなのでしょか。
当たり前のことのよに、そんな風に思っているところがむしろ恐ろしく。
……後で国木田さんから一般常識を刷り込み直された方がいいと思われる。(笑)
【ねえねえ、二人とも座席に立って全身見せてよ。】
こんな修羅場だというに、
敵さん方へ聞えよがし、拡声器でそんなリクエストまで飛ばしてくる、
見た目は聖母様のようなお姉さまだが、
「あほかっ、わざわざ的になりに来たんじゃねぇわっ 」
微妙に劣勢な敵さんへ、逆転の切っ掛けにもなりかねぬ
一見女性の人質要員出現…なんちゃってと
罪な思わせぶりを振ってどうするかと言いたいらしい、
上級幹部でありながら現場でも大活躍中、
バリバリ現役の近接前衛ならではなご指摘が 鋭き矢のごとく返さるるところはお流石で。
とはいえ、女性という身となったせいか、
その一瞥からは睨み殺せそうな迫力もやや削がれており。
何だ何だと、逼迫していた現状も忘れてか、
蹂躙されかかってた手勢がこちらへも注目してくると、
麗しき女丈夫を見つけて魂を抜かれる始末。
そういう状況だと察してかどうだか、
「大丈夫ですよ太宰さん。
中也さんが消えちゃうのが勿体ないとか言って
ボクのこと撮りまくったんでこっちもお返ししまくりましたから。」
「あ、こら、敦っ。///////」
何処から出したやら、小ぶりな拡声器でそんな爆弾発言をする虎の子さんなのへ、
余計なこと教えてんじゃねぇよと、帽子の美人が焦って見せて。
「なんだ、こいつら…。」
「ちぃ、余裕じゃねぇか。」
自分たちの頭越しという格好で、拡声器を使っての暢気な会話が始まって。
やあこれで隙が出来たぞと逃げを打つ気配を示す顔ぶれもなくはなかったが、
「…あれって。」
あとから現れ、しかもそういう着順なので自然と埠頭の入り口を塞ぐ格好になっている
コンバーチブル車の二人を見やって、“う〜ん”と唸る者がおり。
しばししてから何にか気づいたらしくハッとしてそちらを二度見三度見すると、
「もしかして、あれはポートマフィアの中原中也では…。」
「え?」
「そりゃあホントか?」
こんな場合だってのに、そんな声が漏れ、そのままつられる手合いも出るとは、
やはりそこそこ情けないレベルの烏合の衆に間違いはなかったらしく。
何だよ、今は女だってのにそれでも判るもんなのかと、
女性にされている身なのが腹立たしかったところ、少しは持ち直せそうな話題だとあってか
素敵帽子さんが ちょっとばかり満更でもない顔になったところ、
「箱入り幹部の、」
「……っ 」
潮風に乗ってきたやり取りの中、余計なフレーズを付け足され、
ムカッと来たまま問題発言した者へ向けて放ったのが、車載テレビのモニターだったりし。
「…中也さん。」
「このっくらい 弁償してやらぁ。」
カッと来たそのままむしり取って投げたという、いかにも短絡的なその荒業へ、
彼の異能をまだ把握してはなかったらしい、簀巻き状態の少女が涙目になって眼を見張る。
“素手で…素手で何てことするの、この人。”
間違いなく女の人になってるのに、何割か腕力とか落ちてるはずなのにィと、
大猩々ばりの怪力へゾッとしておれば、
「あれ? でも…箱入りっていうのが二つ名なのに
何で観ただけで中也さんだって判ったのかな?」
「あつし〜〜。」
手前まで何言い出すかなと、
あんまり本意ではない二つ名なのに深掘りするなと言いたいか、
お顔をしかめて唸ったご当人の向こうから、律儀にも応じた声有りて、
「あまりにレアなのと途轍もない美人だという噂から、ファンクラブがあるんだよ。」
「そうそう。それがこんな美人さんだとは…。」
あ・やっぱりこいつら三流だと、
呆れた中也の真横から、ごおっと宙を飛んでったものがあり。
それが命中したらしい、要らぬ発言した男らが薙ぎ倒されている。
「…敦、冷蔵庫は止めてやれ。ああもう遅いか。」
「だって…っ。」
そちらも車載装備だった小型冷蔵庫、
がっしと掴んでねじ切って、ぶんっと投げてる半端ない膂力には、
「〜〜〜〜〜〜っ!」
何なにこの人、あんな細いのに、あんな子供みたいな顔してるのにと、
しおりちゃんとか呼ばれていた異能の少女が恐慌状態に陥っていたほどで。
そんな中、
【判ったよ、じゃあこっち投げて。】
「は?投げるって、ああああ、中也さん、無茶しちゃあっ…」
細っこい肩の上へと担ぎ上げたちょっと大きめの簀巻きが、あっという間に宙へと抛られ、
どんなだけ強肩か、潮風にも人ひとり分の重さだという条件にも負けず、
結構な距離があったはずの埠頭半ばに居たお仲間の元まで届こう放物線の途中で、
羅生門が無事に受け止めて確保され、
「やあ、キミが私を弄んだお嬢さんかい?」
中也や敦がしょむない漫談もどきなやり取りを交わしていた間に、
羅生門の作った障壁に守られつつ、
スカートやら女性用の靴やらを着替えていた、どこか聖母様然とした麗しい女性は、
それはやわらかに美々しく微笑んで、ぐるぐる巻き状態なままの少女の肩をぽんと叩く。
すると…パンパンに膨らませた風船が間近でいきなり萎んだかのよな、
勢いのある風がほんの刹那ほど吹き抜けて。
それほどに一瞬の間に、忌まわしき異能はあっさりとほどけるから物凄い。
「あ…。/////////」
直接誰に掛けたかは全く知らなんだ異能の少女が、
ぱあっと勢いよく絶世の美女が水の垂れるよな美丈夫に変わったことへ
見るからに赤くなったの物陰へと避難させ、
「さあ、メインディッシュのお出ましだ。
ややこしいお膳立ての中では、私を標的にしていたのだろう?
この際だから、堪能してもらいましょうかねぇ♪」
復活した太宰がじゃきりとその手へ構えたは、扱い馴れてるNフレームの大型拳銃。
背丈も伸びたし体格も戻っての頼もしく、
すっくと立ち上がった異様あふれる姿、かっこ羅生門による禍々しい背景付き かっこ閉じるへ
ひぃいいぃぃ〜〜〜〜っと声なき悲鳴が上がったが、
「おおっと、そこのチンピラども、勝手に逃げ去ってんじゃねぇよ。」
ウチの特攻隊長を狙うとはどういう料簡だとばかり、
此方も本来の性別に戻った中也まで参戦する気満々だと豪語して。
「ひぃいいぃぃ〜〜〜〜っ。」 × @
前門の虎、後門の狼状態と化した修羅場に、
ゴロツキ連中が青ざめたのは言うまでもなかったのであった。
…………合掌。
to be continued. (17.10.08.〜)
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*すっとんぱったんがやっと収束です、お疲れ様でした。
続いては種明かしの解答編。こっちも理屈まるけになりそだなぁ…。

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